正月

 大きなプロジェクトに失敗し、肩を落としながら俺は川崎のアパートの玄関を開けた。淀んだ空気がワンルームを支配する。
今日は何もしたくない。エンジニアとしての情熱はもうない。
 部屋に入りソファーに座る。ネクタイを外すと壁に投げつけた。そして天井を見つめる。
何も考えたくない。このまま死んでしまいたい。“被害総額一億五千万円”上司の怒号が蘇る。俺は両手で頭をかきむしり、それから頭を抱え込んだ。


一定の沈黙が過ぎる


うつろな瞳のままの俺は、センターテーブルに置いてあるタバコに手を伸ばす。俺はタバコを吸わない。三日前に友達が残していったものだ。
タバコをくわえ俺は再びフリーズする。ボーっとセンターテーブルを見つめる。
センターテーブルにはダンボールが置いてあった。約三十センチ四方のダンボール。その上面には大手宅配便の宛名先シールが貼り付けてある。
「実家からか…」
俺は声に出して言ってみた。


田舎の事を考えた。
俺の田舎は石川県金沢市だった。母、父,長男、二男が金沢で暮らしている。
実家の周りは田んぼだらけで何もないが、静かで暮らしやすいなかなかの環境だ。
寡黙だけどやさしい父。
短気だけどやさしい母。
賢くてやさしい一番上の兄貴。
すべてがパーフェクトでやさしい二番目の兄貴。


田舎にかえりたい…


俺はセンターテーブルのダンボールの蓋を開けた。中には風呂敷に包んだ箱がはいっている。それを取り出し風呂敷をほどいた。
三段重ねの重箱だった。
「おせち料理…」
蓋を開けて見る。色とりどりの鮮やかな懐かしい料理がぎっしり詰まっていた。
俺は震える右手で箸を持つ。ぽろぽろ涙があふれてくる。紅白のかまぼこを取り口に運んだ。
それは四月の出来事だった。